日本の風景の最近のブログ記事

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日本の年末、みんながすることって言ったら、
大掃除と年賀状の準備でしょう。
今日は、年賀状について書いてみようかな。
 
年賀状はもともと、
年始の挨拶に行けない遠方に住む人に出した挨拶状でした。
昔は、お正月にはおめかしして、
近所の人やお世話になったお宅を訪問したのですが、
近年では多くの人が年賀状だけで済ませるようになり、
最近ではインターネットのメールや携帯メールで
「あけおめ」なんてことも、ありえる。
 
我が家では毎年80枚くらいの年賀状を出します。
プライベートだけでなく、
会社がお客さんに向けて出すこともあります。
いずれにしても、
クリスマスまでに年賀状を郵便局に出すと
1月1日に届きます。
だから年末は、みんな年賀状の準備に忙しいのです。
 
 
最初の写真は、
日本の郵便局が出している「年賀はがき」。
一枚50円~60円で、
絵が印刷されているものもありますし、
自分で家族の写真を印刷する人のために
インクジェット紙になったものもあります。
 

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来年2012年は辰年なので、
ハガキにも辰が描かれています。
 
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辰とは、竜?龍?ドラゴン?
どれもいっしょかな?
伝説の生き物ですね。
日本では縁起のいいモチーフです。
 
日本では十二支といって、
全部で12の動物が順番に、
その年のモチーフとされています。
来年は辰年だから、
年賀状のモチーフにもきっと様々な辰が使われるでしょう。
例えばこんな感じ?
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私もいま、パソコンで写真やイラストや文字を組み合わせて
我が家の年賀状を作っているところです。
 
さて、年賀状は新しい年が来たことに喜びを表す手紙。
だから前の年に家族の誰かが亡くなった場合、
喪に服して年賀状は出しません。
そのため、みんなが年賀状を作り始める前、
例えば11月ごろに、
「今年、家族が亡くなったので新年の挨拶をひかえます。」
といった内容のハガキを出す習慣があります。 ↓ ↓ ↓
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郵便局が出している年賀はがきには、
「くじ」も付いています。
ハガキの下に印刷されている番号が、それ。↓↓↓
「くじ」もついて切手代の50円ぽっきりなんだからお得です。
 
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ところで最近は、
年賀状をデコレーションする子どもも多く、
私の子も年賀状にシールをはると言っています。
私が子供のころは、
年賀状用に版画を掘ったり、
筆と墨であいさつ文を書いたりする人も多かったけど、
近ごろは年賀状も「デコる」方向なのね。
 
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あの大地震の日から2週間がたちました。

私は直接的な被害を受けていませんが、

日本人として生まれて初めての大災害と危機を目の当たりにしています。

毎日テレビで観る東北の風景は、まるで戦場のようですし、

福島の原発事故では放射能という目に見えない敵と戦っています。

いま、日本は春休みですが、

どこかへ遊びに行くにしても、なんとなく気が滅入る・・・

そんな人も多いのではないでしょうか?

 

計画停電や放射能に汚染された食品問題など、

今回の災害の影響はまだ続きますが、

「津波で亡くなったり、家を失った人の苦しみを思うと、

少しの不自由くらい我慢して頑張らなければ!!」

という思いを強く持つ日本人は多いと思います。

そして、

「こんな贅沢で満ち足りた暮らしが、なんだか申し訳ない。

自分に何かできないか?」と動き始める人もたくさんいます。

 

たとえば、

最初の写真のような援助物資の寄付です。

私の近所では、主婦たちが自分の家にある「まだキレイな服」や、

新品の肌着などを集めました。

電話で呼びかけると、一日でトラック一台分が集まりました。

これはお寺の関係者から、仙台(被災地)のお寺へと贈られます。

(もちろん、各都道府県の役所に行けば義援金や物資の寄付を受け付けています。)

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また、いま日本中どこへ行っても義援金を受け付ける募金箱が置いてあります。

テレビや新聞でも義援金の受付の口座が紹介されています。

私も寄付しましたし、私の周りの人たちも、何らかのかたちで寄付をしているようです。

昨日行ったショッピングモールでは、

ものすごく大きな募金箱にたくさんのお金が入っていました。

しかも小銭だけでなく、5000円札とか10000円札がたくさん。

こんなにお札の入った募金箱は、はじめて見ました。

でも、「何もできないから、せめてこのお金を役立ててほしい!」

という皆さんの思いがすごく理解できます。

 

 募金箱の隣には、寄せ書きのコーナーも。

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私も何かしてあげたい。悲しみを分かち合いたい。励ましたい。

震災から2週間たった今、

日本人は、悲しみを乗り越えて復興の道を探し始めています。

数年、または何十年たった後、

日本人の知恵と勇気は素晴らしいね、と世界中から称賛される日がくるといい。

亡くなった人たちの命が報われるように、

私たちは自然災害や電力供給という難しい課題をクリアしていかなければいけないのです。

 

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ここにしかないものがあります。DiEGO

 

 

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いつもこのブログは毎週月曜日に更新していますが、

今日はその予定を変更して、本日発生した日本の地震についてお伝えします。

このブログの海外の読者からも、たくさん心配のメッセージをいただきました。

皆さん本当にありがとう。

まずお伝えしますが、Mikoは元気です。

っていうか、浜松はほとんど影響なく、普段と同じです。

この情報は日本国内でもあやふやで、

今日は広島の親戚から数本の確認の電話がありました。

 

さて、それにしてもこの地震は驚きました。

最初の地震が発生した午後2時45分ごろ、私は子供と外にいました。

子どもが「よーいどん!」をしようと言って何回も私を走らせるものだから、

いつ地震が来たかわかりませんでした。

 

その後、家に帰って何気なくテレビをつけたら、日本中が大変なことになっていたのです。

それからずっとテレビを見ていました。

当然ですが日本ではすべてのテレビ局が地震の情報を流していました。

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中でも恐ろしかったのが、津波のライブ映像です。

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ヘリコプターから撮影している仙台の海岸に、どんどん海水が上がって来ます。

まるで生きているような海水は、スピードを弱めることなく港を通り抜け、

人の住む町を飲み込んでいきます。

見ていると、道路で行き場をなくしたクルマがうろうろしているあいだに、

波に流されていくのです。

家の屋根に上っている人も見えますが、

そんな低い場所では、そのうち溺れてしまうんじゃないのか?

ヘリコプターからの映像を見ている私にはわかっても、

その人には全体の規模がわかっていないのかもしれません。

あっという間に水に埋もれた町を見ていると、

地震や津波の恐さとともに、やるせなさを感じました。

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今日、北国では雪が降っていました。

浜松でもとても寒い風が吹いていました。

そして、今夜、被災地では停電です。

 

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私は地震が発生してから3時間くらいテレビにかじりついていましたが、

子どもたちは、おやつも食べて、二人で楽しそうに遊んでいます。

私はテレビをつけたまま夕飯の支度を始めました。

庭に出て、畑からネギをつんだとき見上げた夕空は明るく澄みわたり、

とても冷たい風が吹いていました。

この空はつながっていて、

数百キロ離れた町で大地震が起きているなんて信じられないくらい。

私と同じような女性や、私の子供と同じような子供たちが、

いま、恐ろしい思いをしているとおもうと、いたたまれなくなりました。

 

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初詣っ!

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お正月休みで広島に帰った時、実家の近所の神社に初詣に行きました。

初詣とは年の初めに神社やお寺を訪ね、この一年の安全や健康を祈願するものです。

広島なら世界遺産として有名な宮島が最も参拝客の多い神社です。

私も若い頃は、12月31日の夜9時ごろに家を出て、船で宮島に渡り、

ニューイヤーのカウントダウンを宮島の神社でする・・・というパターンを何度か踏みました。

が、

今は、家族とともに近所の小さな神社でお祈りするのが、しみじみ幸せに感じるのです。

年をとった、ということかのぅ。。。

 

いや、でも、実際、

自分にとって身近な神社や近所の神社に参拝するのがいい、という言い伝えもあります。

近所の神社は、氏神様(うじがみさま)といって、その地域や人を霊的な力で守っているのです。

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お正月にはしめ縄という飾りを家の玄関に飾りますが、

この神社の鳥居には、↑こんなしめ縄が飾ってありました。

魚の干物(広島ではデベラといいます)、スルメ、ここには写っていませんが、

他にも大根やカブもぶら下がっていました。

こういう素朴な感じが、たまらなく素敵。

 

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鳥居をくぐって石の階段を上ると、神社が現れます。

小さな神社ですが、やはり何かピンと張りつめたような厳かな空気を感じます。

このあたりは住宅地で、決して山奥ではありません。

それなのに神社の後ろに森が見えるのにはワケがあります。

神社には鎮守の森といって、精霊が宿る木がはえる森があるのです。

神社の建物とともに、この森も神の宿る空間として人々に大切にされています。

 

さて、建物の中に入ると、(ここから先は神社によって様々ですが、)

お金を投げ入れる賽銭箱があります。

この日は、神主さんが二人いらっしゃって、賽銭を入れて手を合わせると、

お払いをしてくれました。

木の棒の先にカミナリみたいな形の和紙がついていて、

それを頭の上で降ってくれるのです。

するとその人に降りかかりそうな災いを払いのけてくれるといわれています。

 

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その隣では、お札や魔よけのお守りを売っていました。

お札というのは、昔々、今のように自由に旅ができなかった時代、

誰かがやっとの思いで神社やお寺に参った時、家族や近所の人のために、

その霊的な力の詰まった札を持ち帰ってあげたもの。

一つ500円くらいで見た目がとてもかわいいので、

お土産にする人や、自分のために買っていく人がいます。

 

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私も、今年の4月から娘が小学校に通い始めるので、

桜色の小さなお守りを買って外に出ました。

 

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そうそう。

初詣と言えば「おみくじ」という人もいます。

おみくじは、この一年のその人の運勢を占うもので、

小さな白い紙に恋愛や学問や健康にまつわる占いが書かれています。

それを読んで一喜一憂するのも初詣の楽しみなのです。

hatumoude.jpg 読んだ後は、神社の木の枝に上の写真のように結んでおきます。

すると、書いてあった良いことは叶い、悪いことは消えるのです。

hatumoude7.jpg ああ、爽やかな空気。

大きな力に包まれて、一年を気持ちよくはじめることができる。

初詣は最高だねっ!

   

 

 

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ここは豊橋(浜松から車で1時間くらいの町)の病院の受付です。

昨日、知り合いのお見舞いに行ってきました。

 

この病院、皆さんはどう感じますか?

私はとてもきれいで、まるでホテルのようだなと思いました。

ここ10~20年で、日本各地の病院はとてもきれいになっています。

私が小さかった頃は、病院と言えば暗くて、冷たい感じで、消毒のにおいのする、

あまり長居したくない場所でした。

ところが最近は、明るい雰囲気の医療施設がどんどん増えているのです。

 

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入院病棟も明るく病院らしくありません。

みんなでくつろげるリビングルームのような場所もあって、

私の子供はそこでテレビを見たり本を読んだりしていました。

この病院にはありませんが、

広島の大学病院には受付と入院病棟を結ぶ通路にスターバックスがあるし、

入院患者用に充実したコンビニと美容院もあります。

病院が小さなモールみたいで、暗い気分を和らげてくれるのです。

 

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病院で働くお医者さんや看護師さんも、みんな親切でサービス精神があります。

というのは、近ごろは病院も企業であるという考えが主流で、

どこの病院でも患者はお客様のように親切丁寧にあつかわれます。

医療従事者が患者の質問に丁寧に答えなかったり、不親切な態度をとる、

ということは今ほとんどないと思います。

 

病室はこんな感じ。 ↓ ↓ ↓

ここは4人部屋ですが、とても広くてくつろげます。

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私なんか、くつろぎすぎて友人のベッドの端に座り込み、

見逃していた韓国ドラマの最終回を見て満足して帰りました。

 

海外に住む皆さんが日本で入院することはないと思いますが、

もしそんなアンラッキーがあっても、大丈夫。

日本の医療機関はものすごくウェルカムだよ!

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公園を散歩していて、いい香りだなと感じたら、大きな金木犀の木がありました。

金木犀の香りをかぐと、「ああ秋だな・・・。」と思います。

 

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金木犀は中国の南部が原産で、日本には江戸時代に渡来しました。

秋になると小さいオレンジ色の花をたくさん咲かせ、甘くて強い香りを放ちます。

庭に植えることが多いため、公園や近所を散歩していると、

この時季、あちこちから甘い香りがしてくるのです。

 

もう一つ印象的な秋の花があります。

それは、彼岸花。 ↓ ↓ ↓

 

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これも稲作の伝来とともに中国から伝わった花です。

ヨーロッパにもリコリス(Lycoris)という名前で、

黄色やピンク色の似たような花があるのではないでしょうか?

 

日本人は、この彼岸花に秋の気配を感じ、美しいと思うその一方で、

ちょっと不気味な花というイメージも持っています。

例えば、川べりや水田の近くにたくさん咲いていても、

決して摘んで帰って部屋に飾ったりはしないのです。

私も小さい頃、家族でドライブをしていた帰りに彼岸花の群生があって、

そこで車を止めて写真を撮ったりしたのですが、

私が「たくさん摘んで持って帰ろ!」と言うと、

「それはもって帰るものじゃないよ。」と母に言われたのを覚えています。

何でなんだろう?

今になって不思議に思って調べてみました。

 

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今回調べてわかったこと。  ↓ ↓ ↓

彼岸花の根には強い毒が含まれているため、昔、田んぼや畑の周りに植えて、

モグラやキツネが農作物に近寄らないようにした。

花のない時期には彼岸花だとわかりにくく、誤って食べた人が死ぬこともあった。

また、お墓のまわりに植えて、墓場を小動物に荒らされないようにしたため、

墓地に咲く血の色をした花が、なんとなく不気味に感じられるようになった。

 

はは~ん。

そういうことだったのか。

ただ、最近では欧米のように園芸品種として他の色が出回るようになり、

庭に植える人も増えています。

わたしとしては、毒をもつ妖しくも美しい花として、

いつまでも不気味がられて欲しい・・・、と思ったりもするけど。

 

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そして、秋といえばコスモス。

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こちらは自然に群生するのではなく、広場に種や苗を植えて咲かせます。

ちなみにこの写真を撮影したのは浜名湖の近くの広い公園ですが、

このように近ごろは観光スポットとして、

公園や休ませている畑に たくさんコスモスを咲かせるところが増えています。

たしかに、秋の透き通った青い空にピンク色のグラデーションが、 とてもきれい。

 

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娘が通う幼稚園の夏祭りに行きました。

女の子も男の子も、みんな可愛らしい浴衣で来ていたので、いい写真が撮れました。

今回は日本の浴衣について書いてみようと思います。

 

浴衣は平安時代(およそ1000年前)、

数人で水浴びをする際、裸を隠すための衣装「ゆかたびら」が起源の服装です。

水に強く、乾きやすい麻や綿の布で作られていたため、

その後の時代になっても湯上りに着たり、寝巻きとして使われ続けました。

ですから、浴衣は現代でも正装ではありません。

また、湯上りのさっぱりした身体に羽織るのが美しく、

汗臭かったり(?)、お化粧が濃すぎるのはノットグッド。

あくまでも清潔感があって、さっぱりと着るのが粋なのです。

 

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現代の日本では浴衣を着る機会は夏の盆踊りのお祭りくらい。

今回の幼稚園の夏祭りでも、子どもたちはここぞとばかりに色とりどりの浴衣で参上。

先生たちも、みんな浴衣を着てきました。

 

yukata03.jpg普段はTシャツにジーンズで走り回っている女の子も、

こうして浴衣を着ると、1000年前に戻ったような雰囲気をかもし出します。

やはり日本人は着物や浴衣のような伝統的な服装が似合うのですね。

 

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男の子たちはというと、こんな感じ。 ↑ ↑ ↑

昔は男の子も女の子と同じデザインの浴衣を着ていましたが、

近ごろはより動きやすい「甚平」という着物が人気です。

甚平は上下が別になっていて、下は半ズボンになっています。

もともとは男性の作業着として使われていた和装でした。

 

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幼稚園で習った盆踊りを踊る子どもたち。 ↑ ↑ ↑

大人の浴衣も子どもの浴衣も、夏には目に涼しくていいものです。

浴衣を着ている人が街を歩いていると、

それだけで街中がうきうきした感じになるし、夏だな~~と思えます。

そんなことから、夏にはテーマパークやレストランで、

「浴衣を着て来たら入場料無料。」とか、

「浴衣の人には生ビール無料。」といったサービスを設けて、

浴衣の人を呼び込むところが増えています。

 

着ている人も見ている人も夏気分が味わえる浴衣。

もし、夏に日本にくる予定があれば、ぜひ海外の皆さんもいかがですか?

 

yukata07.jpg イヌにまで浴衣を着せるって、これどう?

 

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七夕

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tanabata 1.jpg7月7日は七夕でした。

七夕は、いまから1000年以上前に中国から伝わったお祭りです。

中国や韓国でもこの時季、七夕祭りが行われますが、

その国の文化が混ざり合って、それぞれ違ったかたちで発展していると思います。

だから、今日ご紹介するのは日本の一般的な七夕まつり。

 

七夕が近づくと、最初の写真のように店や公共の施設に大きな笹の枝が用意され、

そこに自分の願い事を書いた短冊をつるすことができます。

七夕はもともと中国で針仕事の上達を願った女性たちのお祭りだったこともあり、

いまでもこうして笹の枝に願い事を吊るすと、それが叶うといわれているのです。

 

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図書館に本を返しに行った時、

テーブルに用意されていた短冊に、さっそく願い事を書く娘。

「ぜったい、ぜったいケーキ屋さんになれますように。」と書いていました。

 

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他の短冊を見ると、いろんな願い事がありました。

これは、「サッカーがうまくなれますようにしてください。」 ↑ ↑ ↑

(ワールドカップで日本代表が頑張ったからかな?)

他にも、「モデルになれますように。」とか「びょういんのひとになれますように。」

と書かれた短冊もありました。

 

家でも七夕の飾りができるように、

余分に取ってきた笹を持って帰っていいみたい。 ↓ ↓ ↓

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短冊にする紙や笹に吊るす飾りは、普通折り紙で作ります。

だからこの時季になると折り紙が特によく売れます。

日本の子どもの遊びの定番「おりがみ」は、

また別の機会にこのブログで紹介したいと思っています。

 

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さて、七夕は笹に願い事を吊るす以外に、もうひとつの言い伝えがあります。

これも昔中国から伝わったものです。簡単に説明しておきましょう。

夜空に浮かぶ織姫星(ベガ Vega)は、機織りの上手な働き者の娘でした。

夏彦星(アルタイル Altair)も働き者の牛飼いでした。

二人は天の神様に認められて結婚したのですが、

結婚生活が楽しすぎて、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛の面倒をみなくなったのです。

これを天の神が知って怒り、二人を天の川を隔てて引き離しました。

ただ年に一度7月7日だけ、天の川に橋が架かって会うことを許されました。

その日雨が降ると星も天の川も見えなくなります。

地上の人々は「二人が会えなくなる」と心配し、七夕の日は晴れますようにと願うのです。

 

今年の7月7日の夜空は、どっぷり曇ってたな。

二人はまた1年会えないのか。

・・・・・。

気の遠くなるような遠距離恋愛ですが、

何千年も前から続く夫婦愛だから、1年くらいなんのその?

 

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今日は、昭和という時代について考えてみたいと思います。

その前に確認しておきましょう。海外の皆様方。

日本には天皇がいます。

徳川家康などの将軍が支配する時代も、第二次大戦後にアメリカに支配された時代も、

日本の天皇制度は変わらず、太古の昔から受け継がれてきました。

(ただし、現代の多くの日本人は、

普段の生活で天皇の存在を意識する場面はほとんどありません。

この状態は、イギリスやデンマークなどの国と同じだと思います。)

 

さて、日本の場合、天皇ごとに時代の名前が変わります。

例えば今の天皇が即位してから「平成」という時代が始まりました。

その前は「昭和」その前は「大正」その前は「明治」でした。

 

例えば、履歴書なども、日本では、生年月日を書くときに、

西暦1971年生まれ。と書くときと昭和46年生まれと書くときがあります。

どっちでもいいのです。

おもしろいでしょ。

 

時代の名前ごとに、そこから伝わるイメージがあります。

例えば、私が生まれた昭和は、戦争の悲しいイメージと、

それに続く復興の「ど根性な」感じのイメージか?

アナログな電化製品のイメージもあります。

慎ましくもみんなで頑張った昭和は、その時代の空気を懐かしむ人も多く、

また、何不自由なく育った平成生まれの若者たちにとっても、

なんとなく人のぬくもりを感じるノスタルジックな時代として人気があります。

だから、ときどき「昭和を振り返る展覧会」みたいな催しが開催されるのです。

 

前置きが長くなりましたが、

要するに、私は先日、近くの博物館で開催された「昭和を振り返る展覧会」に行ってきたのです。

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展覧会といっても、それは子供向けのもので、

博物館が所蔵する当時の懐かしいオモチャで自由に遊ぶことができます。

子どもたちにはまったく違和感がなく、

気づくと、こんなふうにセッティングしていました。↓ ↓ ↓

日本人だね。

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これは、私が小さい頃に流行ったモンチッチという人形。↑ ↑ ↑

日本の玩具メーカーが1974年に発売したものですが、世界中で流行したそうです。

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これは「野球盤」というピンボール・ゲーム。

昭和時代は、だれもが野球を見ていました。

長島茂雄や王貞治などの選手が国民的スターでした。

このゲームは私の夫も持っていたそうですが、私は遊んだことがありません。

 

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これは「生き残りゲーム」。↑ ↑ ↑

この会場に来て、これを見た瞬間、一気に私の記憶がフラッシュバックし、

そうそう、これあった!これもってた!と大興奮してしまいました。

この会場では、実際に遊んでいいのですが、すっかりルールを忘れてしまった・・・。

 

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これは、「ちくたくバンバン」。 ↑ ↑ ↑

時計がレールの上を進むのですが、

行き止まりにならないように急いでレールを組み替えないといけません。

私が小学生のころ、このゲームのテレビコマーシャルがあって、

私はすごく欲しかったんだけど、買ってもらえなかった記憶がある。

 

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展示ルームの中には、博物館の人がお店の人になって昭和の駄菓子屋も再現されていました。

駄菓子屋とは、子どもが小銭を持ってお菓子を買いに行ける小さなお菓子屋さんで、

私が子供の頃にはすでに数が少なくなっていました。

今の50代、40代の人が懐かしい光景かなァ。

(上の写真は、駄菓子屋のクジ引きの様子です。)

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他にも、紙芝居屋さんの様子も再現して、子どもたちに見せてくれました。

紙芝居屋さんとは、第二次世界大戦後、

まだテレビの無い時代の子どもたちの唯一の娯楽で、大流行しました。

子どもたちの集まる広場へおじさんが自転車でやってきて、

こんな具合に面白おかしく紙芝居を見せてくれ、

いいところで「この続きはまた明日!明日も絶対くるんだよ!」といって帰ってゆくのです。

昭和といっても、私のお母さんたちの世代の話。

 

まとめ。

今回感じたこと。

子どもは、何時代だろうと、関係ない。

遊び、好奇心、素直な心で、どんな環境にも順応するのだ。

子どもたちは今を生きている!

ちくたくバンバンが懐かしい、とノスタルジックに昭和を語る自分が、

とても古ぼけて見えたのでした。

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突然の雪景色で驚きましたか?

先週、家族で長野県にある駒ケ根(こまがね)に行きました。

長野県の南は私たちが住む静岡県の北に位置しています。

高速道路を使わず、車で山道を越えると4時間くらいで駒ヶ根に着きます。

 

駒ヶ根市は駒ケ岳(こまがたけ)などの高い山々のふもとに広がる町で、

山歩きや登山、初夏のスキーを楽しむ人が多く訪れます。

・・・が、私たちは小さな子供もいるし、

まあ、山道をドライブしながら遠くに雪山を眺め、夜は旅館の温泉にでも入ればいいか、

という軽い気持ちで旅立ったのでした。

 

ところが!

そこに美しい山があると登りたくなるものです。

標高2956メートルの山頂で撮影した一枚目の写真が証明するように、

私たち家族は超軽装のくせに覚悟を決め、旅行二日目の朝、山頂をめざしました。

 

 

nagano 2.jpgもちろん、歩いて登るわけではありません。

駒ケ岳の山頂までロープーウェイが出ています。

ロープーウェイの乗り場まで、↑↑↑こちらの専用バスで向います。

環境保全のため乗用車の乗り入れは禁止されているのです。

(このバスとロープーウェイの往復運賃は4000円くらい。)

 

 

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このロープーウェイは今から40年以上前に設置された日本初の山岳ロープーウェイ。

およそ2キロの道のりを7分30秒で進むので、予想以上に高速です。

ココから見える景色もきれいで、とても楽しかったです。

 

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これはロープウェイを降りてから撮影した写真。↑↑↑

下の方に広がる町が駒ヶ根市。 そしてその奥にも3000メートル級の山々が見えます。

この辺りは日本の真ん中あたりで、富士山を含む標高の高い山が連なっています。

日本では向こうの山並みを南アルプス、駒ケ岳などこちら側を中央アルプスと呼びます。

 

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さて、ロープウェイを降りたら急に雪山です。

スキー客もたくさんいるというのに、私たちは素足にサンダル、

夫に至っては白いブラウス一枚という夏のファッションで参上。

子どもたちは旅館を出る時に、寝巻きや着替えのシャツなど、

ありったけの服を重ねて着せました。

・・・でも、もちろん寒いけど、案外だいじょうぶ。

山頂の気温は10℃で、雪が解けないのが不思議なくらい。

サンダルで雪の上を歩くという貴重な体験とともに、冷たくフレッシュな空気を満喫したのでした。

 

 

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30分くらい山頂で景色を楽しんだ後、下山。

駒ケ岳から流れる川のほとりが美しい公園になっていて、のんびりと散歩しました。

 

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nagano 8.jpgところで、長野といえば美味しいお蕎麦が有名です。

そばの実に適した土地という理由もありますが、

冷たくきれいな雪解け水も美味しい蕎麦づくりの条件の一つです。

お昼ごはんは、この公園の近くの森の中にひっそりと佇むお蕎麦屋さんに入りました。

そば粉を引いたり、麺を打ったり、すべて手作りの店で、 とても美味しく上品なお蕎麦でした。

 

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ところで、このおそばを食べた後、わたしたちは帰路についたわけですが、

途中の山道で不思議なものを目にしました。

車の離合も難しいような細い山道なのに、

マイクロバスや県外ナンバーの車がやたらと多い場所があったのです。

夫と「なんなのこの人たち?」と話していると、山道から少し入ったところにテントが張ってあり、

50人くらいの人が椅子に座っていました。

でも、特に普通の山の中で、何も珍しい物は見当たらないのです。

そこを通り過ぎた後、「分杭峠(ぶんくいとうげ)」という小さな標識があり、

後で調べると世界でも有数のパワースポットであることがわかりました。

わたしはあんまり興味ないんだけど、どうやらものすごい「気」を出している場所らしい。

きっと、遠くからわざわざ来た人も多いんだろうな。

 

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